◇◆ 「今」を感じる ◆◇


私たちは普段のふとした一服のリラックスタイムにも
様々な事に思いを巡らせたり、あれこれ調べたり
移動時間でさえもスマホや携帯をいじり
「何もしない」時間がなく過ごしています。
そのような生活を続けていると就寝時間やバスタイムでも
忘れられず、頭の中は休まることが出来ず
眠れなくなったり、眠りも浅くなってしまいます。
ヨガの時間では最後のシャバアーサナが苦手であったり
瞑想では、どうしても頭の中に浮かんでくることに
心や感情が左右されてしまうようです。
そんな時、日々いかに私たちは「今に在る」ことを
自覚していないか、を感じます。
私もそうですが人間はいつも過ぎ去った
もう変えようのない過去を「良かった事悪かった事」と判断し
レッテルを貼り思い返したり、まだ起きていない未来を
あれこれ心配したりして「今」にいません。
目を閉じて自分の頭の中を見てみてください。
心は何を思い、感じていますか?
私たちは普段先のいろんな楽しい事を考えていい気分になったり
過去のいろんな出来事に落ち込んだり
結局、心ここに有らずの状態です。
思い浮かんだイメージはストレスの原因となっていたり
心の奥底で消化しきれていない感情の源だったりします。
その無意識な悩みや気がかりの素は何をしていても
常に頭の奥底で自分に問いかけているのだと感じます。
その癖は私たちを苦しめます。
今にいれば、過去の痛みも「もう終わった事」と
切り離す事ができるはずなのです。
しかし、終わった事にいつまでもこだわり、行動を起こせずにいたり
その出来事を最悪だった、最高だっと判断しそれを「理由」にし
出来ない、しない「言い訳」にしていたりします。
案外、その最悪だった出来事を起こした人間や社会は
そんなつもりも無かったり、そんな影響を与えたことも
すっかり忘れているかもしれません。
ここで私たちが気付かなければいけない事は
先ず、出来事に良し悪しの判断を付けているのは
自分自身であるということ。
そして、できる、できないの「理由」や「言い訳」として
「やりたくない」ことを正当化しているのも
自分自身なのです。
もし今、自分に言い訳をして一歩を踏み出せずにいる事や
後回しにしていることがあるのなら、先ずは自分を信じて
今できる事を精一杯する事。
それは「今」をやっつけ仕事的にこなすのではなく
未来のために「今」できることそのものを純粋に
感じてみること。
それが「言い訳」して自分自身に科していた過去の重荷を
おろし、「今」を純粋に生きることにもなります。
ヨガも瞑想も「今」に心をとどめる練習でもあります。
もし「今日はいつもより気持ちが落ち着かないなー」とか
「ふわふわして地に足がついていない」とか感じる時は
通勤電車の中でも、トイレや休憩の時間でも
一度、目を閉じて「今」自分がいる空間や自分の呼吸を
感じてみてはいかがでしょうか。