◇◆ 時(とき)-1 ◆◇


よく私たちは忙しいと「時間がない」と感じたり
「自分の時間が取れない」と言います。
自分にとっての「時間」とは
どんなものでしょうか。
自由に使えるもの
縛られるもの
管理に使うもの
と様々な意見の中で「自分の時間」というのは
自分のやりたいことや趣味のために使う時間を
一般に言うようです。
または「命(生命とか寿命)」のようなもの、との意見も。
私はその様々な意見の中で『私達がこの世に生を受けてから
私達に平等にある無償の財産である』という意見を
個人的に身近に感じています。
もちろん「時間」は趣味に費やしたり
時にはお金を生み出したり
ワインやチーズを熟成させたり
嫌なことを忘れさせてもくれます。
しかし、例え後悔することがあっても
巻き戻ったり、増やしたり、決してやり直したりすることは
出来ず、一方向にしか進まないものでもあります。
そのように考えると自分に与えられた一瞬一瞬を
とても大切に感じることが出来ませんか。
ヨガでanitya(アニティヤ)、無常という言葉があります。
仏教用語でも「諸行無常」という言葉のように
時は「常」ではないということ。
常に移り変わり、目に見える物質は全て変化し続けていきます。
私達の身体の細胞も死んでは剥がれ落ち生まれてを繰り返しています。
過去の出来事を繰り返したとしても
その状況は最初と全く同じではないということ。
しかし中にはそれに気づかず、それぞれに与えられた「時間」が
永遠に続くものと感じていたり、勝手に来て過ぎて行くものと
感じている方もいます。
また思いや感情は「時間」とは別の次元、何度も逡巡することができます。
そんな時もあなたの「時間」は刻々と過ぎていきます。
あなたにとって「時間」とはなんでしょうか?
自分に与えられた人生の「時間」について
いつか終わりのくる自分の時間を
過去はどのように過ごし使っていたか
現在(いま)は、どうでしょう?
また未来はどのように過ごし使えていたら良いか
少し自分のために時間をとって
自分にとっての「時間」について
考えてみましょう。