「源氏物語」と心理学②~宇治川の此岸と彼岸~

前回に引き続き、「『源氏物語』と心理学」の第2回目を書かせて頂こうと思いますニコニコラブラブ


本日の副題は「宇治川の此岸(しがん)と彼岸(ひがん)」とさせて頂きました音譜



ご察しの良い方は、もうお気づきかもしれませんが、今日は『源氏物語』の「第三部」とされている「宇治十帖」がお話の舞台となっていますビックリマーク



源氏物語は全54帖の内、第一部・第二部・第三部というように「三部構成」となっており、主人公を光源氏としたものが第一部と第二部。


光源氏の息子・薫大将(かおるのたいしょう)を主人公としたものが「第三部」と呼ばれています。


そして、第三部の中でも「橋姫」の巻~「夢の浮橋」の巻までの全十帖を、通称「宇治十帖」と呼んでいるのです本



では何故、「橋姫」~「夢の浮橋」までの十帖が、「宇治十帖」と呼ばれているのでしょうかはてなマーク



その理由は、主人公・薫大将匂宮(におうのみや)という二人の男性と、


宇治の大君(おおいぎみ)・中君(なかのきみ)・浮舟(うきふねの三人の女性に主軸を置いた、

華やかな京の都ではなく、都から離れた「宇治」の地で繰り広げられる恋愛模様が描かれているからですクローバー


ですから、第一部・第二部の華やかさに慣れた読者にとって、第三部(特に宇治十条)は、「地味」「暗い」といった印象を受ける人が大多数であると言えるでしょう。



また、古典文学の研究者の中にも、その第一部・第二部と、第三部との余りにもの雰囲気の差に、これは紫式部以外の筆によるものなのではないか?」といった説を打ち出している方もおり、


近年はコンピュータを使って、使用されている「ことば(形容詞等)」の頻出度を解析したところ、第一部と第二部は共通する指標が見られたのに対し、第三部はそれとはかなり違う、つまり「違う作者が描いた」という根拠を後押しする結果が出た、ということも知られています。


その「違う作者」の最有力候補者が、紫式部の実娘・大弐三位(だいにのさんみ)ですが、この話はまたいずれ別の機会に論じるということで………あせる



まきもの


こんな風に、「作者が違うかも!」と思われるほど、雰囲気が異なる第三部ですが、「源氏物語」を締めくくるに際して、第一部・第二部・第三部は、ある「流れを持って、作品が構成されているように思えます。


それは、「第一部=人の世の栄華」、「第二部=人の世の儚」、「第三部=人の世から涅槃の地へ」といった「流れ」です。



人の世の盛者必衰を、光源氏という、所謂“ただびと(帝ではない臣籍)”によって、六条院を舞台に描いた第一部と第二部。


そして、薫大将という光源氏の罪の子(実の父親は柏木)が、仏教という拠り所を求めて訪れた宇治の地で、思わぬ恋に落ち、人として、愛ゆえの苦しみを抱えつつ、どうしたら自分はこの世の宿世から救われるのかという求道を描いたのが、第三部。



この源氏物語が描かれた当時・平安時代中期は、人々が仏教に救済を求め始めた時期(阿弥陀信仰)でもあり、源氏物語の以外の他の物語(例:更級日記等)にも、その影響は色濃く出ています。


そして、紫式部が仕えた中宮彰子の実弟の、藤原頼通(藤原道長の長男)が宇治に建立した「平等院鳳凰堂」は、十円硬貨の絵柄として、あまりにも有名です。

(その平等院鳳凰堂の本尊も、当時の阿弥陀信仰を受け、当然「阿弥陀如来」となっています。)




そのように、藤原家に縁の深い「宇治」の地で、「源氏物語」を展開させたこと。これには、大きな意味があるような気がしてならないのは、私の考え過ぎでしょうかはてなマーク




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因みに、現在宇治市(京都駅から電車で約30分)に行くと、宇治川を挟んで、駅や繁華街に近い方の岸に絢爛豪華な「平等院鳳凰堂【上写真】アップ」が建っています。


そして、この平等院鳳凰堂こそ、規模的にも、位置的にも、宇治十帖の中での匂宮の“別荘”のモデルといっても差支えないでしょう。


かたや、川幅の広い宇治川の急流を渡ると、小さな山の麓に「宇治上神社【下写真】ダウン」がひっそりとした静寂な佇まいで建っています。

この「宇治上神社」は、宇治十帖のヒロインの大君・中君が住んでいた館のモデルでもあるそうなのですが、本当に小さな、一目で建物敷地全部が見られるほどの規模です。



うじがみ



宇治十帖の中でも、宇治の中君と結婚した匂宮が、中君の元へ行く為に、自身の別荘に滞在しており、「さあ、行くぞ!」と思ったところで、都の友人等が沢山押しかけてきてしまい、対岸の中君の屋敷に行けずに、帰京してしまい、中君は夫と自分の身分の差に悲嘆にくれる……というシーンがありますしょぼん汗


この作中の2つの館(匂宮の別荘宇治の姫君たちの暮らす館)の配置構造や規模は、平等院鳳凰堂宇治上神社を彷彿させるものがあると言えるでしょう。



たかだか一つの川・宇治川を挟んで、かたや当代一の権勢を誇る一家(匂宮)の住まい

かたや、その対岸には、政治抗争に巻き込まれ、失墜し、質素な暮らしを送る宮家(中君)の住まい…。


両者の住む世界には、何と大きな隔たりがあることでしょう……ビックリマーク


川



心理学では、よく「」は、世(此岸)とあの世(彼岸)の2つの世界を分ける象徴として扱われています。



卑近な例としては、臨死体験をした人が、川の向こうで既に亡くなった人々に名前を呼ばれた…とか、

有名な宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』でも、人間が住む世界(商店街)と、神様たちが住む世界(湯場)が、「川」によって区切られていました波


そして宇治十帖にいおいても、そもそも都から遠い宇治の地まで、薫大将が遠路はるばる足を運んだ理由は、政治抗争で失墜はしたものの、仏の教えに従い、出家はしていないものの、心はまるで僧侶の如し「俗聖(ぞくひじり)」と称された八の宮に仏教の教えを乞いに行ったのが切っ掛けでした。


しかし、その八の宮の姫君である大君に薫大将は次第に心惹かれていってしまい、俗世の愛憎劇に巻き込まれていってしまうのが「宇治十帖」なのです。


きっと、宇治十帖の作者も、「川(宇治川」を俗世と聖地との隔たりとしてイメージしていたのではないかと、私は考えてしまいますひらめき電球

そして、千年も前の作者と、現代に生きる私達が共通項として持っているイメージや象徴、モチーフを、ユング心理学では「集合的(普遍的)無意識」や「元型(アーキタイプ」と呼んでいるのです。

……なお、くどいようですが、この文章を書いたのは、古典文学を浅ーく専攻したこともある、本職:臨床心理士の手によるものなので、温かい目で読んで頂ければ幸いですラブラブ

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