スイスから(16) ~意識~



日本の天気を調べましたら、
最高気温が30度近いですね!?
スイスはむしろ、寒いです。
ここ数日は最高気温が15度弱、
今週末は最高気温10度との予報が。。。
もみじ
さて。
今回は人間の意識、について。
「意識」ということを、
どのように定義するのか、といったことによっても
ここで言及する範囲や内容が異なってくるわけですが、
そういう堅苦しい話は脇に置いておいて。。。
みなさんは、我々人間がそもそも
「意識」を持って(しまって)いることの、
それゆえの苦しさ、
みたいなことを、感じたこと・思ったこと、がありますかはてなマーク
(動物は動物で人間とはやや異なるの“意識”を持っているとも言えるので、
人間に特有の意識の特徴についてだけが話の対象になりますが)
我々は意識、特に反省的な意識、というものを持っているために、
たとえば、
「食べ過ぎちゃった、、、また太ってしまう、、、」とかガーン
(食べ過ぎたと気づかなければ苦しまない
また太ると予測できなければ、苦しまないですむ)
「怒られた。。。次は気をつけないと。。。」とかガーン
鏡を見たら顔のシミが増えていた、『ショック。。。』とかガーン
道徳的な意味の反省ではなくて、
単純に自分を振り返ることができる、という
人間独特の意識、
それに伴うある種の”苦しみ”みたいなものが生じうるわけです。
(当然、意識があるからこそ体験できる喜び、もあります)
意識を持って生きる、ということ自体が、
残念ながら?
そうそう簡単にハッピー続きの体験にはなりませんガーン
意識がない方が楽、っていうことは、ありうるわけです。
(考えないで済めば、そのほう方が楽、とも言えるでしょうか)
では、仮に、意識を捨て去ることはできるのかはてなマーク
考えてみますと、、、
おそらく、無理ですねガーン
意識を持たなかった人間に戻ることは
我々にとっては不可能なわけですね。
(もちろん、ある種の状態においては、
我々人間は意識を失うわけですが)
とすると、
逃れられない意識をば、
いかに活用するか、
ということが問われるわけですね空
で、これがまた、
意識の活用というのが、難しいわけですね。
意識、というのは、自分で所有してコントロールしているようであって、
実は、まったく、完全所有もコントロールもできない。
意識とは思考なのか、感情なのか、感覚なのか。
「太っちゃった、ダイエットしないと(対策:思考)」
「怒られた(不快感情、罪悪感)」
「シミを見つけてしまった」(視覚)
いずれにしても、
私たちは気づこうと思って気づいているわけではないワケです。
さらには、それらの意識を、
自由自在に快適なものへと変更していくこともできないわけです。
振り回されることもありうるわけです。
さて。
どうしましょうかはてなマーク
どうしたらよいでしょうかはてなマーク
今の世の中、
何か不快なことがあると、
それをコントロールしよう注意という発想が
人の心に生じることが多いように思われます。
しかし、果たして人間は
あれもこれも、コントロールできるのでしょうか。
自分の感情や意識も、
そもそも、コントロールできるものなのでしょうか。
自分の思い通りにならないこと、
それらとどのように付き合っていくのか、
という視点が、今の私たちの発想に不足している気がします。
自分の中に生じる感情、
自分の意識が気づいてしまうこと、
そもそもそういったものと、
どのような関係を持つことができるのか。
コントロールするのではなくて、
たとえば、イライラする自分とどのように仲良しになれるのか、
腹が立っている自分とどのように仲良しにれるのか、
悲しい自分とどんなふうに付き合えるのか。
今の時代、
私たちの持っている(持ってしまった?)意識それ自体と、
どのように付き合っていくのか、ということが
問われている気がします。

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